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Dealer Meeting 2011 (1/3)

7/19-7/22、ハンゼディーラーミーティングに参加しています。

ウインクレルの的野氏と私は、7/18の夜ベルリン中央駅の近くに宿を取りました。

そして翌日の午後、特急列車でハンゼ・ムーディヨット工場
のあるグライフスバルトに移動しました。

約2時間半は田園風景の連続でした。

3.11後、ドイツが脱原発宣言をしてから、世界がこの国に
注目を持っていると思います。

私も今後ドイツが、いかにエネルギー政策で変化していくか
とても関心があります。

列車の窓からは大型の風力発電機群に
何度か出会いました。

2008年に見た時に比べ、かなり増えています。

自然エネルギーへの変換に向かって、着々と、
そしてしたたかにプロジェクトが進んでいるのを
確かに感じ取れました。

必ず成功するでしょう。


夜8時からMoody Yachtの夕食会が、さらに北の
シュトラールズントのレストランで行われた。

そこはドイツで一番大きな島、リューゲン島に
渡る橋のたもとにあります。

フィヨルド40オープンも並走し、定刻に開く跳ね上げ橋を通り、
約1.5時間の楽しいクルージングでした。

夕食会はなごやかに行われ、ビジネスのギラギラした話は
ありません。

まだ少し明るい9時半、今度はフィヨルド40に乗り、40ノットの
スピードで工場近くに戻りました。

明日から始まるMoody、Hanseのディーラーミーティング、
しっかり勉強して帰ろうと思います。


広大な野原、どこにでも風力発電機は設置可能 ?


運河を並走するフィヨルド40オープン。


PM6:00、開門する橋をくぐり隣町のレストランまでクルージング。


宮島一周ヨットレース

7/17、お客さんのオセアニス351で恒例の宮島一周
ヨットレースに参加。

台風6号の接近で、風を期待していたのですが、
北のち南西の風、終始微風でした。

結果はオープンクラス21艇中、16位。
昨年はビリのようだったので、前進でした。

オセアニスはセールエリアが小さく、ビーミーな
ヨットなので、確かにレースには不向きです。

でもそれはそれとして、3時間もの間クルー
みんなでヨットを走らせようとする行為は、
非日常的でやめられませんねー。


スピンの花、鳥羽パールレースを思い出す。

映画 「ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路」

7/7、広島サロンシネマに映画「ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路」を観てきました。

モーツァルトの姉、ナンネルの少女時代にスポットを
当てたフィクション物語です。
弟の影で、また男尊女卑の時代の中で、天分の才能を活か
せず、気の毒な一生だったと思います。

彼女はひょっとすると、どこにでもある家族団欒の家庭を
切望していたのではないかと思います。
そしてモーツァルトの存在すら快く思っていなかったのでは ?

弟の才能を延すべく演奏旅行の連続、旅先パリでの愛する
母の早死、一人になった父の世話、良縁ではない晩婚。

お父さんのお墓にいっしょに入りたいという最後の願いも、
アカの他人(ニッセン)に妨害されてしまいました。

彼女がもう50年あとに生まれていれば、ファニー・メルデルスゾーン、クララ・シューマンのように女流作曲家、演奏家が
活躍する時代になっていたのに。。。。


*文中の「モーツァルト」はヴォルフガング・アマデゥス・
 モーツァルトを示します。


ヴァイオリンを弾く少年モーツァルト、そして姉ナンネル

大潮の訪問者

新しい散歩道はマリノ大橋を渡って、埋立地の端までの
往復1時間です。

今まで何度か橋の上から、エイの大群を見ました。
残念ながらその時はカメラは持っていませんでした。

何となくカメラを持って出た今日、偶然にも3匹のエイを発見しました。ラッキーでした。

ゆったりとした泳ぎ、上から見るその姿は新鮮です。

広島では大潮時、朝7-9時ごろまでが満潮になります。

多分満ちる潮に乗って、湾の奥までやってくるんでしょう。

満月、新月は大潮。

自然界では人間が気付かない営みが繰返されて
いるんでしょうね。


遠州灘でエイの尾に刺された事を思い出しました。

韓国国際ボートショウ(3/3)

6/10、漢江(ハンガン)に2か月前にOPENしたソウルマリーナを見学してから、再度ボートショウの会場に行きました。

ソウルマリーナは国会議事堂、KBS放送、63タワー等の
ある一等地、ヨウィ島の一角に完成されました。

その景観は、先進する大都市の証明を意味付けるものでも
あり、マリンプロジェクトスタートの象徴にも見受けられます。

モダンなクラブハウス、高級感のあるレストラン、レンタルで
乗れるヨット・ボート等から、ソウルのセレブ達をターゲットに
した運営を感じ取れました。
いかにも韓国らしいスタイルです。

漢江下流から仁川に通ずる運河建設は、大昔からの念願
だったようです。やっとこの年末に完成するとの。

そこに巨大な「金浦マリーナ」建設も同時進行しています。
もう北朝鮮との軍事緊張区域を下らなくても海に通じます。
都心のマリーナの出現で、ソウルのマリン拡大の変化が
急速に訪れるかも知れません。


ボートショウ会場では並行して、WORLD MATCH RACEも
開催していました。
あのピーター・ギルモアも見かけました。

葉山マリーナでMATCH RACEが盛り上がった日本、
遠い昔のようです。
まさにこれから韓国がマリンスポーツで、旬な時代を
迎えようとしています。
日本の失敗は真似しないで下さいね。(笑)

この会場もアメリカのユニバーサルスタジオの投資を受け、
今後巨大なエンターメイント地区に変わって行くようです。

近年、韓国の変化は大胆で、とても速いです。
本当に目が離せません。
2年経ったら様変わりしています。
あの釜山のビル群のように。

ソウルの金さんと今後のパートナーシップを約束しました。
会えてほんとうに良かった。

彼は10年位したら、南岸の故郷、南海島(ナムヘド)に帰る
ようです。私も是非、ヨットで訪れたいと思います。

今回の出張で、またまた韓国から元気をもらいました。
カムサ ハムニダ !!


漢江から今後運河を通って、海に出られるようになります。


広々としたテラス、少なめのテーブル。


世界中のマッチレーサーが、今ここに集まっています。
大型画面はピーター・ギルモア

韓国国際ボートショウ(2/3)

6/9、今年で第4回目の韓国国際ボートショウ会場である
京畿道チョンゴク港に行きました。

今日は2人に会う約束をしていました。
 出展している釜山のセールメーカーのパクさん。
 以前お世話になった大川(テチョン)のチョイさん。

会場の規模にはそんなに期待はしていませんでした。
今後この業界が著しく発展するニオイがあるかどうかを
察知したかったのです。

仮説ドームの屋内展示場は、デュッセルドルフボートショウのミニチュア版のような間仕切りで、EUからの出展も見られました。
ショウ企画者はかなり勉強しているなと感じました。

小学生の団体も来場していて、政府の前向きな姿勢を
感じました。

屋外会場は新しくオープンしたマリーナのポンツーンに、
秩序性は無いとはいえ多くのボート、ヨットが展示されて
いました。

久しぶりのパクさん夫婦に昼食をご馳走になり、ソウル近郊のマリンの将来性を聞いてみました。
現時点ではプサンの方が規模が大きいが、そのうち政府のプロジェクトにより、大規模になるのではとの。

ソウルは釜山のように港町ではなく、直近のマリーナに車で行くのにも2時間は掛かります。
日本では問題ないですが、韓国人はかなりセッカチなので、それが発展の遅れにもなっています。

また干満の差が9mもあり、マリーナ設備の建設費がかさむのも無視できない理由になっています。

チョイさんからは韓国はもう日本からではなく、アメリカから中古艇を輸入しているとの話を聞きました。
日本にはもう良質な中古艇が少なく、しかも高いからです。

いろいろ考えさせられますが、韓国の勢い、日本の経験が
どこかで必ずジョイントできるはずです。

夜は新しいパートナーの金さんと会食があるので、早々と
ソウルに戻りました。


日本からの出展は残念ながらYAMAHAのみ。


ところ変われば、ボート変わる。 GOOD IDEA !!


このパイルの長さには驚きです。
潮はまだまだ引くようです。

韓国国際ボートショウ(1/3)

6/8,9,10で韓国京畿道(キョンギド)で開催される韓国国際
ボートショウを参観に来ました。

会場は水原(スーウォン)の南西約30kmのマリーナです。
急に決まったので宿はソウルしか空いていませんでした。

5月の中旬、ソウルの同業者からビジネスパートナーに
なりませんかとメールが入りました。
「一度会いたいですね。」と返事したところ、
「6/8-12までボートショウがあるので来ませんか」との。

GWで釜山のビル群を見た時の、あのカルチャーショックがまだ消えていませんでした。
ルフトハンザのマイルも貯まっていたので、フライトを予約しソウル行きを決めてしまいました。

考えてみれば、私達の仕事は今元気のあるお客様を、
お相手させて頂いているわけです。残念ながら日本は
昔元気があったお客様が多くなりました。 (笑)

ソウル市内を歩くと若者ばかりで、日本が如何に高齢化が
進んでいるか、あらためて驚くばかりです。

またむやみに歩行者用の信号機を着けず、個人の判断に
委ねるところは日本よりヨーロッパに近いと思います。
それと、女性はほとんど笑わないしね。。。 (笑)

もう韓国を外国だと思わないようにしましょう。
これからは左目で日本を、右目で韓国を見ながら、
ビジネスを進めて行こうと思います。 (笑)

原発の影響でしばらく東京には世界的なアーティストは
ほとんど来ないでしょう。
オペラはソウルで観劇も良いかも。 (笑)

日本人ですから、母国の事はとても心配です。
しかし、変化する環境に適応しないと生きて行けません。


リムジンバスのチケットに国際ヨットレース開催広告。
韓国はマリンプロジェクトのオンパレード。
日本は原発問題のオンパレード。 (苦笑)


江南区のリーズナブルなビジネスホテル。
オペラハウスもそんなに遠くない。

映画 「モーツァルトの恋」

6/3,西区民文化センターに映画「モーツァルトの恋」を観て来ました。1942年に製作されたこの作品は、なんと
日本初公開との。
私は既にかなりの人が観たものだと思っていました。

大変貴重な体験でした。
情報を下さったオペラ教室の吉永先生に感謝。

私もモーツァルトに関しての音楽書はかなり読みました。
しかし彼と女性との絡みは、殆ど取り上げていません。
当然と言えば、当然でしょう。(笑)

世の女性はベートーヴェンよりモーツァルトファンでしょう。
その理由の一つとして、恋話が多かったのもあるのでは ?
アロイジア、ナンシー・ストレース、ドーシェク夫人などの
恋人の為に曲を作る。これ以上のプレゼントは有りません。

ベートーヴェンは恋(片思い?)はしましたが生涯独身だったし、陰気臭く女性にとってあまり魅力的ではないのでは ?

1791/12、モーツァルトが亡くなってから、直に接した女性達が狭いザルツブルグに最長55年間も暮していたのですから、毎日どんな話をしていたのだろう。
   
   1829 実姉ナンネル死去
   1839 初恋のアロイジア(妻の姉)死去
   1842 妻コンスタンツェ死去
   1846 コンスタンツェの妹ゾフィ死去

天才モーツァルトは爆弾のように仕事をし、そして早々と
この世を駆け抜けて行ってしまった。

まわりの家族、恋人たちはその言動に翻弄される。
そして残された女たちは、その天分を懐かしむ。
のちの世の人はその作品に触れ、心豊かな日々を送る。


いつか「女たちのモーツァルト」という本を書いてみたいと
思っていますが、とても無理でしょうね。(笑)


コンスタンツェを演じたヴィニー・マーカスが良かった。
どこか顔立ちがマリア・カラスに似ている。

モーツァルトがぞっこんだったアロイジアの声。
あんな声だったのだろうか ?
映画では誰が歌っているんだろう?  知りたい。

伸ばしたスプレーフード

ときどきヨットの雑誌等で、伸ばしたスプレイフードを見ます。

岡崎造船のパイオニア11でそれを発見しました。

オリジナルのフードにファスナーを取り付け、フレームを一本追加、サンブレラの布地で覆えば出来上がり。
サイドにフィルムを着ければ見通しもOK。

ゲストの日よけ、波よけに十分効果を発揮します。

ステアリングの真上のビミニトップはウインデックス、セールが見づらく、視界の悪さにストレスを感じる事もあります。

また海が荒れてくるとヒールした場合、ビミニに風を
はらむので畳んだ方が安心でしょう。

ビミニトップを新設するより、スプレイフードを延長した方が
安価で、有効かも 。

元来、ヘルムスマンは常に戦闘態勢ですから、
真上に日陰なんか要らないのでは ?  (笑)


フードをメンシートまで延せば波・日よけのシェルターとして
十分。前部フィルムに窓を着ければ風通しもバッチリです。

平櫛田中 展

5/13,ひろしま美術館に木彫の巨匠、平櫛田中(ひらくし でんちゅう)の特別展に行ってきました。
恥かしながら、彫刻の展覧会に行くのは初めてです。

どうしてこんな立体感覚を持っているのだろうか ?
絵すらまともに描けない私には、彫刻は神の世界です。

一瞬のポーズを創造し、そこに動的、情緒的、宗教的世界を刻み込む。芸術家の成せるワザです。

成長の継続とともに、作風は変化して行く。

107歳で歿するまで生涯現役を貫いた人生。

果たして私は生涯、ヨットを業として貫けるだろうか ?
どこに最終目標を持っているのだろうか ?

考えさせられます。凡人と言えども。

幸い生涯追求できる仕事があることだけは
幸福だと思いますが。。。。


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